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「“人格の欠陥”は修正すべきなのか、AIとともに働く未来へ問われること」 自ら行動するエージェント型AI(人工知能)の台頭でAIの位置付けが道具から“誰か”へと変わりつつある。日本では政策文書でも「人とAIが協働する社会」が掲げられ、AIは共に働く存在として扱われた。こうした変化への抵抗が小さいのは日本社会の特徴といえる。研究者やサイエンスフィクション(SF)が描いてきた未来が現実になろうとしている。課題となるのがプログラム可能な人格をどう扱うかだ。道具に不具合があれば修正すれば良い。ただ欠陥のある人格は修正すべきか。その人格は大切な“誰か”を引き継いでいたら。社会は悩み、答えを探すことになる。(2回連載)